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 2016.11.15 UP DATE
LIVE2016会場限定アートポスター販売中。


チケットは即日完売状態。
熱狂的な歓呼で迎えられたステージは
声も今まで以上にパワフルで、
オープニングの「春だったね」から
珍しい「旅の宿」や BOB DYLAN の「Blowin'The Wind 」を交えて熱唱。
アンコールの「人生を語らず」まで
豊かで味わいのある物語を感じさせて
2年振りの首都圏ツアー(4ヶ所5公演)
を大成功に終えた
「吉田拓郎LIVE2016」

会場限定アートポスターを100部限定で販売します。
人気イラストレーター下田昌克による描きおろしは現在の本人のライブの雰囲気を再現した貴重な作品。厚手の紙による高級複製画は写真以上にリアルな空気を伝えています。お楽しみください。
288mm×379mm。送料込み1740円。⇧画像をクリックしてご注文いただけます。



PS.吉田拓郎のコンサートへのこだわりから生まれたことのいくつか。
1973年、日本のミュージシャンで初めてPA照明などのスタッフを帯同しての全国ツアーを敢行。
当時は実際に会場が取れないなど試行錯誤をへて、このシステムが一般的となりました。
ここから地方のイベンターや、ぴあに代表されるチケット事業など、新たな産業も生まれました。
1975年8月2日〜3日に開催された「吉田拓郎かぐや姫 コンサート インつま恋」は、
大規模野外コンサートの先駆けであったし
1979年7月26日〜27日の篠島コンサートは、ひとつの離島を借切るという、
日本のコンサートでは史上初の試みでした。
2006年9月23日には、「吉田拓郎 & かぐや姫 Concert in つま恋 2006」を
31年ぶりに開催するというコンサートも実現しました。

その出発点ともいえるのが、1971年8月7日の昼から9日未明まで、
岐阜県椛の湖湖畔で開催された第3回全日本フォークジャンボリーでした。
8日の夜、サブステージに登場した吉田拓郎はPAトラブルで音が出なくなり、
マイク無しの生音だけで「人間なんて」を歌い続ける事2時間余り。
”人間なんてララーラーララララーラ”が、コール&レスポンスのように繰り返された。
このライブ・パフォーマンスから、日本の音楽史における伝説が生まれました。

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 2011.07.08 UP DATE
完売御礼。吉田拓郎本人監修のオリジナルアロハシャツ
ハンドプリントWHITE HAWAIIAN/ホワイト・ハワイアン

デビュー当時は、ダンガリーのシャツにジーパン、ギブソンのギタースタイル。
1974年「襟裳岬」が第16回日本レコード大賞を受賞した際は、上下ともジーンズで登場。
中学の時、「吉田拓郎になろう」と決めたというみうらじゅんや浦沢直樹を始め
当時の多くの若者達がそのライフスタイルに影響を受けました。
その一方で、
”初めて買った車はジャガーだし、ハワイが好きで、定宿は「ハレクラニ」だから。”
飛行機は嫌いだけどハワイならいく。というくらいのハワイ好き。
「ローリング30」のジャケットではジーンズでハワイの海に立っているし、
KinKi Kidsとの「LOVE LOVE あいしてる」
(フジテレビ系列で1996.10.5~2001.3.31.まで放送された音楽番組)
からは1998年「Hawaiian Rhapsody」というアルバムも生まれています。





吉田拓郎本人監修のオリジナルアロハシャツ。
自身のアロハシャツへのこだわりがそのまま形になったオリジナルアロハ。
ハンドプリントならではの深みのあるイラストの色合いが光沢感のある純白の生地に
品よくベストマッチ。細部までこだわりが感じられます。

商品名   :WHITE HAWAIIAN(ホワイト・ハワイアン)
生地素材  :フィラメントレーヨン平羽二重
カラー   :オフホワイト
プリント技法:手捺染(てなっせん)
一色ごとに型を作り1色づつ人の手により染めていく技法
販売価格  :24,150円(税込み)
完売いたしました。ありがとうございます。
自筆サイン入りオリジナルタグ


                      
officialsite
 2010.10.01 UP DATE
吉田拓郎オフィシャルサイトはこちら
→http://153-0051.com/log_takuro/
 
 profile
吉田拓郎



1946年鹿児島県生まれ
1965年広島商科大学入学後
第1回ヤマハ・ライトミュージック
コンテスト中国地区大会優勝等。
1966年「平凡パンチ」で
「和製ボブ・ディラン」と紹介。
広島大学のバリケードで囲まれた
ステージで「イメージの詩」を歌う
1970年エレックと契約。
1971年後藤由多加とともに、
アーティスト主体の音楽制作会社
「ユイ音楽工房」設立。
1972年CBSソニーに移籍。
「結婚しようよ」が大ヒット。
1973年日本のミュージシャンで
初めてPA照明などのスタッフを
帯同しての全国ツアーを敢行。
1974年森進一に提供した「襟裳岬」
が第16回日本レコード大賞を受賞。
1975年アーティスト自らが作る
レコード会社として、
小室等、井上陽水、泉谷しげると
「フォーライフレコード」を設立。
同年静岡県掛川市嬬恋でかぐや姫
とオールナイトコンサート。
日本ポップス史上
初の大規模野外コンサートを開催。
2013年DVD「吉田拓郎 LIVE 2012」
オリコンTOP10入り
史上最年長(66歳10ヶ月)を記録。

貴重な本人の手描きジャケット
2006年「ぷらいべえと」


2014年「AGAIN」
「裏町のマリア」他セルフカバー15曲
唯一の新曲「アゲイン(未完)」を収録


2012年「午後の天気」


2009年「午前中に・・・」
「ガンバラナイけどいいでしょう」
6年ぶりの全曲書き下ろし


1978年「ローリング30」
「外は白い雪の夜」



1974年廃盤
「今はまだ人生を語らず」
「ペニーレインでバーボン」の
歌詞を理由に生産中止。


1972年3rdAL「元気です。」
オリコンアルバムチャートで
14週連続1位。


1970年
上智大学全共闘メンバーによる
広島フォーク村名義の自主制作盤
「古い船をいま動かせるのは
     古い水夫じゃないだろう」



2013年「吉田拓郎 LIVE 2014」


2006年
「Forever Young
吉田拓郎・かぐや姫
Concert in つま恋2006 」