interview
 2009.04.28 UP DATE
灘本唯人の周りはいつも和やか。人集まりがつきない。


右から山崎杉夫さん、灘本唯人さん、網中いづるさん



原宿駅から10分ほど歩いたところにあるPATER’S Shop and Gallery。
午後7時を過ぎ、辺りが暗くなった細い路地を行くと、PETER’Sと記された青い電飾
がとてもかわいらしく、美しく浮かんでいました。
まだギャラリートークが始まるまで30分もあるにもかかわらず、沢山の人で
賑わっていて、その主役は灘本唯人本人がおだやかに笑っている。
周りを囲む人たちの中にはファン以外にも、ゲストの網中いずるさん、山崎杉夫さん。みな和気あいあいとした雰囲気。

今回の展覧会「灘本唯人展」は40年前の作品“MARIE”をはじめ、
画業40年に亘る作品の中から厳選した、女性、男性、挿し絵、シルクスクリーン、時代物、ポスターと六つのジャンルに分けて展示されていました。

灘本さんはゲストの二人に挟まれて座り、ビールを片手に冗談を言ったりしながら
和やかなムードでギャラリートークは始まりました。



司会:「まず、ゲストのお二人に今回の展覧会の感想をお願いします。」
灘本:「正直な感想をね!」(一同笑)
山崎:「正直、これほど多くの先生の原画を見るのは初めてです。
    初めて見る作品もあって・・・すごく新鮮でした。」
網中:「私も。点数が沢山あって、迫力を感じました。灘本先生は、ファッション
    というかとてもおしゃれですよね(作品が)、古い年代であると思うんです
    けど、女性が特にオシャレ!今回の展示は全体的に女性が多いですよね。」

確かに、灘本さんの作品はとてもオシャレで、新鮮。イラストレーションという
新しいジャンルを日本に持ち込み、60年代のデザインに革新をもたらした作品は
徹底した人間への愛に満ちあふれ、突き詰めたものだけが持ち得る輝きを
放っていて観るものを魅きつけます。

「ディックの色見本は、私と田中一光と勝井三雄の3人で作ったんです。
 あれを作る時は3人3様の戦いであるわけ。私はグレーのセクッションが
 いっぱい欲しかった。」
今ではデザインやイラストレーションに必須のものが灘本さんたちの業績に
よるものだという話も新鮮。

交友関係も、デザイン業界を始め芸能界にいたるまで、賑やか。
例えば、横尾忠則さんとの交友について。
「横尾君とは長い付き合いで、初めて横尾君の絵を見て天才だと思った。
 彼の展覧会は必ず行くんだけど、三叉路の絵はすごくよかったね。
 私はその美術館で生まれて初めてファンレターというものを描いたんです(笑)。
 そしたら、数日したら横尾君から返事が来たんです、小さい字で。
 そこには『灘本さんは僕にとって大切な人です』と書かれてあったんですよ。」

飲みにいっても常に手が動いているという話から
「コースターを見ると本能的に描きたくなる。
 一番気楽な時に描く絵がまたいいんだよ(笑)」

「若い間は落書きをしなさい。落書きは訓練として大切なんです。
 人物が描きたいなら、似顔絵を描いたり、好きな作家の真似をすればいい。
 私もモディリアーニを真似ていた時代もあったけれども、決してそれと同じもの
 にはならないんですよ。だんだん首も短くなっていくしね(笑)

「私は20、30は勉強、とよく言うけどね。そんな簡単に仕事はない、
 若い人は華やかさを求めるけど、私だって地道にやってきたんです。
 知ってもらおうとする努力をしなければ、有名にはなれない。
 みんな老後はよく考えないと(笑)」

イラストレーターの後輩たちにも分け隔てなくアドバイスをし、面倒見がいい。
とにかく若い。80代とは思えない程元気で、最近のお笑いにも詳しい。
ファッションに関して網中さんに
「先生はいつもカッコいいですよね!ほんとにオシャレ!」
と褒められて、照れている姿がまた魅力的でした。
 
ギャラリー・セル柿落としもやはり「銀幕伝説」。
灘本唯人の周りはいつも和やか。人集まりがつきない。