interview
 2010.01.28 UP DATE
僕の特徴は、あえて自分のタッチを確立していないこと。
自分のオリジナルタッチがない、
      一種のパロディ的な作家だと考えています。


新作を発表するたびに、タッチを変え、素材を変え、いつも私たちを驚かせてくれる美術家・会田誠。絵画から映像、フィギュアまで手がける、その多彩なアート作品の発想はどこから生まれてくるのか。

作品によってまちまちですけど、発想が生まれるときは「作らねば」というプレッシャーがないときです。でも、「新作をそろそろ考えなきゃ」と、頭の片隅で意識するというのは無駄ではないですよね。
たとえば『電信柱』は制作に入る前に4年間くらい「日本画や墨絵と西洋の抽象画は絶対にドッキングできるはず、ドッキングさせてみせる」という思考がありました。
それがないと、コンクリートの電柱にセミがミンミン鳴いているのを見ても、発想としては浮かばない。その前の悶々と悩むものがずっと頭にあって、何かを見た瞬間に、はじめてひらめくのです。

簡単にいえば若いころは、クズみたいなアイディアが1日に5つ、6つ浮かんでは消えていくという、新陳代謝の激しい時代でした。でも、今は脳みそもゆっくりと老化して、活発ではなくなっています。
その代わり「こういう風に考えても行き止まりだな」というような判断は、失敗を重ねて経験的にわかるようになったので、少しは効率がよくなったでしょう。
若い頃は「すごいアイディアを思いついた!」と、いちいち興奮しても、次の日になると「なんでこんなくだらないことを、すばらしいと思っちゃったんだろう?」ということも多くて、騒がしい青春時代でしたね。

どっちがいいかというと若い頃のほうがいいですよね。だんだん衰えを感じます。
芸術家が百歳で描いた富士山が素晴らしいとかいいますけど、僕はそうは思わない。モネの『睡蓮』なんてあんまりよくない。中年期の脂の乗った時のほうがずっといいと思います。

僕の特徴は、あえて自分のタッチを確立していないこと。
自分のオリジナルタッチがない、一種のパロディ的な作家だと考えています。
だからイメージが浮かんで描こうとしたら、何にどの絵の具で、どんなタッチで描こうか、というところから決めなければならないんです。
輪郭線は描こうかとか、陰影はどうするとか、立体的に描くのかとか。だから、いちいち過去の作家、たとえば「これはルーベンス風かな」とか、頭の中で検索しなければいけないんですよ。
ほかの人と比べて、特に美術史に詳しいというわけではないんですけどね。
画風は確立させないでOKということにしておこうという方針なんですよ。
 
大作満載、直球勝負の「絵バカ」展。
僕の特徴は、あえて自分のタッチを確立していないこと。
自分のオリジナルタッチがない、
      一種のパロディ的な作家だと考えています。
会田誠ギャラリートークは活気に溢れている。