interview
 2009.06.01 UP DATE
うちにはギタ−1本と音叉があって、姉3人としょっちゅう
コーラスしてたからなんとなくハモれる女になったんです。


 家では生まれた時からいつもクラシックが流れてました。兄弟が多くて私は6人の末っ子なんです、全員クラシックの大ファンで、父が旧姓松江高校、島根大学の地学の先生をしてたんですが、音楽部の学生の方達がよく遊びにこられてて、メンバーが揃うとすぐにドイツ語のコーラスが始まったんです。姉3人と学生さんでいつも4部合唱をやってましたね。貧乏学者だったのでピアノもなかったんですが、ギタ−1本と音叉で音をとって、コーラスをしているっていうのが本当にたびたびだったものですから、なんとなく私はハモれる女になったんです。

 私が初めて覚えたのが、リゴレットのアリアだったんですけれど、3歳ぐらいの時に「ターララ・ラ・ラ・ラー」って歌ったんですって。姉達が覚えてて、笑いながらよく話してくれました。だから音楽が流れてると、例えばビートルズなんか流れてると、今日はジョージのパートにくっついてみようとか絵を描きながらついついハモってたり、たびたびそういうことやってた頃に、たまたま和田誠さんの家によく遊びにいってまして、ジャズピアニストの八木正生さんや山下勇三さんとかで麻雀してた時に音楽がなってたので、ついハモリの部分を歌ったんです、そうしたら八木正生さんが手を止めて「あ、この人ハモってるよ。山口はもり!」なんて言われて(笑)

 絵を描く時はいつも音楽は流してました。でもね、私ひとつに留まらないんです。どんどんお気に入りが変わってっちゃうんですよ。
高校生まで松江で家族と過ごしておりましたので、クラシックしか聞かせてもらえなかったんです。だから、大学に入って自由になったとたんにいろんな曲を聴き始めたんです。最初はアズナブールに凝って、丸暗記で何曲も歌えるようになったんです。フランス語で。それから、社会人になって沢山の方とお知り合いになったら、皆さんジャズをお聴きになるんですね。それで私もジャズを聴いているうちににすごく好きになったんです。セロニアス・モンクとかM.J.Qとか割とクールな感じのジャズが好きだったかな。
ジャズの次はロックが好きになったんですけど、最初はビートルズを聴いてたんですが、ローリング・ストーンズにものすごくのめり込んだ時期があったりして、海外の公演が来ると私はいろんなとこに行っていろんなものを聴きあさりました。

 ある日フラッと映画を観に行った時に、たまたまスーパーフライっていう映画をやっていて、カーティス・メイフィールドに出会ったんです。それがまあカッコ良く聞こえましてね、リズムアンドブルースとかソウルってすごいなーと思っている時にちょうど湯村輝彦さんと仲良くなったんです、そうしたら彼がそれを聴くならこれも聴いたら?これなんかどう?って次から次に何百というグループを推薦されまして。聴いてみたら確かにどれも素晴しいものばかりで、その中でも私はマーヴィン・ゲイとかアル・グリーンがすごく好きになって、結構ハマってましたね。
もちろんビートルズの武道館も行きましたし、実はジャクソン・ファイブも行ったんですよ(笑)まだマイケルが子供の時ですね。

 その後、やっとジャパン・ポップスを聴き始めたんですよ。桑田佳祐さんはとても好きになりましたし、安全地帯の玉置さんにはすごくしびれましたね。私は音楽全般が好きなんでしょうね。
 
うちにはギタ−1本と音叉があって、姉3人としょっちゅう
コーラスしてたからなんとなくハモれる女になったんです。