interview
 2010.01.08 UP DATE
グラフィック界の先駆者 宇野亞喜良 僕の好きなもの。
 
   

グラフィックデザイナーであり、イラストレーターであり、
また舞台監督や芸術監督と幅広く活動をされてきた60年代のヒーロー宇野亞喜良。
穏やかで、好奇心とアンテナは今もまったく変わらない。

小学校くらいかな、他の人よりも好きなんだと思ったのは。
父親が装飾業をしていて、油絵を描いていたので、油絵の匂いやなんかは小さい頃
から親しんでましたね。筆を洗うことをよくやらされたし。
好きなことはと言われても、いつも仕事が頭の中にいつもだいたいあるからなぁ。
だから絵を描いたり、ものを作ったりすることは好きということですね。

グラフィックっていう言葉が入ってくるのは戦後ですね。それまでは図案と言って、
昔は図案っていうのは「図を按じる」と、手へんのついた「按」と書いたんですね。
手探りで考えるという意味でね。また、イラストレーションという言葉は、
ポスターのイラストレーションという形で入ってきたんですが、昔の古書とかを
見ても「挿絵」がイラストレーションだし、ピカソやマティスなんかの版画集も
フランス語で「イラストラシオン」って言ったり、文字があったり言葉があったり
というものや写真なんかにもイラストレーションという言葉が使われていて、絵に
限らないんですね。

僕はすべて同じ感じで仕事してますね。どれがどうではなくて、とにかく面白いもの
を作ろうという感覚ですね。僕の中でグラフィックデザイナーという頭と
イラストレーターという頭とは多分別だと思うんですね。
それは絵描きにしても同じで、ピカソの版画を見てもグラフィックな計算というのが
よくされていて。彼の画商にいわせてみてもとにかく勘がいい、天才だと。
版画っていうのは要するにグラフィックなんで、ピカソのリノリウム版画があるん
だけど、これがまた、そんじょそこらのグラフィックデザイナーよりも
グラフィックがわかってるんですね。
そういうのを見てしまうと境界はないんだなぁと感じますね。
コマーシャルに奉仕するか、自分の絵としてやるかの違いはあるでしょうけどね。
僕のやりたいことっていうのは、だいたい仕事を依頼されてやってみたいなって
思って後から気持ちがついていくんです。だから仕事が来て、予算が無いとしたら、
だったら一色で何か面白いものを作ろうとか、状況に応じたアイデアの出し方という
ものに興味がありますね。だからこそ僕はいろんなことをしているんですけどね。

ある意味で幻想的なことが好きというのはあります。ただ実際に描いてみると我々は
日本人だから着物が描けるとか、帯の結びが描けるとかではないんです。
むしろヨーロッパの古い時代の方が現代に近いんですね。日本人だから日本的なもの
に詳しいっていうのは全然大違いでね。かといって日本の美術よりも西洋の方が好き
かと言ったらそれは境界線は無いですよ。
ここのところ歌舞伎のポスターやなんかをやっていますが、歌舞伎は昔からすごく
好きでね、子供の頃はよく観に行ってたりしたんです。
歌舞伎のまるで二次元的で様式化されてしまっている芝居の考え方っていうのも
面白いんですよね。歌舞伎は一つの劇の中で舞踊劇になったり、リアルに芝居に
なったり、いろんな様式があって、でも一つのプロットがあってとか、意外と
アバンギャルドなとこが歌舞伎にはあったりするんですよ。そこがまた面白い。

芝居は好きですね。挿し絵も、まずキャスティングから考えて描いていきますから、
僕はどこか演劇的なんですね、考え方が。
だから、演劇にしても、絵にしても、虚構というか作り物の世界を作るっていうのは
すごく好きですね。

 

事務所内は沢山の絵や人形に溢れている。
ベランダに乾かしてあった、作ったばかりの指人形は美しい女性が虎に姿を変えて
しまう仕掛けになっていて、宇野さんはまるで芝居を演じるかのごとく指人形を器用
に操って見せてくれました。他にもブリキのおもちゃを作り替えたものなど様々な
形があちこちにあって、一日ゆっくり遊んでいきたいような空間。
宇野亜喜良ワールドは今も新鮮なマジックを生み続けています。
 
新宿伊勢丹ウインドーに“空想世界をたゆたう女性”描く。
舞台美術への情熱は飽きる事がない。
常に現場の空気を感じ、斬新な意匠をもとめる。
グラフィック界の先駆者 宇野亞喜良 僕の好きなもの。
60年代の青春が眩しい。終わらない時代の輝き。
自選原画蔵出し。今回は秘本「乱歩」最後の1点。